Miyashita Mariko

2013年12月アーカイブ

 >>「最後の晩餐」のあるサンタマリアデッレグラッツエ教会と奇跡の一夜

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 ミラノに行くなら一生のうち一度は見てみたいと思っていた不朽の名作、かの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」。

 

実は事前に調べてみたところ、これを見るのは至難の業となってしまっていました。

大規模修復後の「最後の晩餐」は、完全予約制、人数制限が厳しく管理され25名ずつ15分のみというチケットを事前購入しなければ見ることができないというものでした。

 

イタリア入りする前に調べたところ、私がミラノに入る日は繁忙期だったのかインターネットによる予約販売分は2ヶ月前から予約できるというその時点でSOLDOUT状態。

ツアコンデスクにも現地ガイドにも依頼してみましたが、満足する回答が得られず、とりあえずミラノで指をくわえたまま2日間を過ごすのかと半ばあきらめていました。

 

日本から自力でチケット入手はこちらから>>

http://www.vivaticket.it/index.php?nvpg[evento]&id_evento=298097&wms_op=cenacoloVinciano&SiteVersion=1

 

ミラノに来てからなんとなく、現地で電話かけてチケットとれるんじゃないか?と大それた根拠のない自信(?)というか、もうミラノに来てしまったし後がない!という焦燥感からか、ミラノ滞在ラスト1日の前日に予約センターに電話をしてみることにしました。

 

これでダメならあきらめもつく・・・ということで、ダメモトで「最後の晩餐」に最後の懸けをしました。

 

滞在していたホテルから電話したのですが、まずは予約センターの電話がつながらないという状態でした。

いわゆる「ただいま大変電話が込み合っております、しばらくしてからおかけなおしください・・・」的なアナウンス(←イタリア語なので本当にそういう意味なのかは分かりません。笑)が流れていました。

これにメゲずにこの意味の分からないイタリア語のアナウンスを10分ほど聞き続け、やっとチケットセンターのオペレーターと対話できるような雰囲気のアナウンスに変わりました。

イタリア語で覚えていたのは「Cenacolo Vinciano」という「最後の晩餐」という意味の言葉だけ。兎に角、イタリア語のアナウンスの中から、注意深く何度も聞いていると「イタリア語の方は*1を、英語の方は*2を押してください」という内容を聞き取ることができました。

そこですかさず*2を押すとルルー、ルルーという呼び出し音、そして英語のアナウンス・・・ではなく、オペレータにつながりました!

 

ここは「Cenacolo Vinciano」のチケット取れる電話ですか?と何度も尋ねると「そうです、そうです、"the Last Supper"のチケットです(←ここでイタリア語ではなく英語になったと判別)」と生身の人間が応対してくれてることに、安堵しました。

つながっただけではダメ、そこから交渉しました。

 

***

 

明日のチケット取れますか?

>いや、もう予約でいっぱいです。

明日、どうしても見たいのですが。

>だから、もう受け付けられません。

日本からきて、もう明日しかありません。

 

***

252.jpgここから記憶にないのですが、ものすごい勢いでどうしても見たいという懇願をして食い下がりました。

 

その勢いに負けてか、私の言葉に割って「わかった、わかったよ、いつでも時間良いというなら午後5時に特別に手配するよ」という言葉。

 

耳を疑い、何度も「本当か?」と聞き返し、歓んでReally?だのAmazing!!だのIs that true?!だの言いまくってたらオペレーターに「大丈夫か?」と笑われました・・・それくらい狂喜乱舞する勢いでした。

 

海外で使える携帯電話もなく、ホテルからの電話だったのでバウチャーの手配には手間がかかりましたが、電話でチケット代金を決済して、予約番号を聞いて、それを当日受付に言えばいいようにしてもらいました。

 

予約番号を間違いがないように2回も言ってたしかめ、お礼を言って電話を切ると、体中の力が抜けて涙が出てきました。

 

―やっと会える。

 

 >>当日、カウンターで予約番号を告げるとカウンターのお姉さんから笑顔でチケットをいただくことができました。

そして"世界一美しいイエス様"といわれている「最後の晩餐」を食い入るように見ました。

人間の感情を全て表現したと言われている使徒たち、手の仕草や体の動き、画面構成と配色の妙、そして何より美しい面立ちのイエス様。こんな穏やかで優しいお顔のイエス様は他に見たことがありませんでした。

15分はあっという間でした。

 

 

「最後の晩餐」を見たい場合は最後まであきらめないこと。

前日の予約センターの終了1時間前でしたが、電話してみて交渉して懇願してみると案外うまくいくかもしれませんね。

・・・ということで、もし、ミラノであきらめそうになっても是非、トライしてみる価値はあると思います。

まぐれかもしれませんが、幸運にもチケットを入手できたということはとてもいい経験になりました。

 

夢のような時間は今回のイタリア取材旅行を締めくくる一番のご褒美のようなひと時でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴェネチアからアウトストラーダでミラノに行きました。

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ミラノの街はこれまで廻った歴史都市の佇まいとは少し異なり、近現代の様相を色濃く感じました。

ローマが京都だとすると、ミラノは東京の様です。

 

ミラノについたその日は、BiCEミラノ本店にてお食事をしました。

ここのレストランはインテルの長友選手が3日に1回は来るという日本人好み(?)の美味しいお店でした。

 

そして街めぐり・・・ですが、ミラノの街めぐりは観光や取材というよりはどうも買い物三昧になってしまいました。

 ミラノには魅惑的なお店がたくさんあり、観光地でありながら老舗ブティックの本店が軒を連ねるガレリアやらブランド通りがあり、目に映る全てが煌びやかでした。

そして町行く女性・・・ミラネーゼはとてもオシャレで雑誌から飛び出したようなファッションの人を見かけます。

 

 

 そんな中、旅も終盤になったこともあり、お土産探しをしていました。

せっかくだから、現地でしか買えない何か面白いものがいいと、とりあえず地元の高級食材店に行って見ました。

 

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  >>PECKミラノ店

日本で言うと明治屋さんとか紀伊国屋さんといったような食材店でしょうか。

品揃えと品質はピカイチに見えました。帰国してから知ったのですが、日本でもPECKは有名だったみたいです。

チーズやハムなどはもちろん、生鮮食品なんかもとても珍しい食材が並んでいました。特にここで買って帰ったトリュフソルトは最高でした!

 

そこで、お土産にイタリアワインを買うというミッションがあったのでエノテカエリアに潜入。

 

ワインについてド素人の私は、イタリアワインの蘊蓄は全くノーデータで、付け刃的に有名どころのワインラベルを2~3記憶してそのあたりを探してみようとオズオズとお客が誰もいないひんやりとした地下室へ。

SASSICAIAというものが日本の百貨店ではワインセラーに鎮座しているのを見ていたので、それのよさそうな年のものありますか?と店員さんに聞くと

「フフフ、日本人だね」

と笑われました。

なんでなんで???と思ったら、こちらを案内されビックリ。

木箱に野積みされたSASSICAIA・・・こんなに大量、しかも雑(笑)。

日本人はブランド(ネーム)に弱いからね~ということでした。

ここから店員さんの蘊蓄・・・素人相手に30分ほどの授業。理解できたのは以下の通り。

***

ラベルやブランドで選ばないよ、イタリア人は。個性で選びます。

イタリアワインは言わばカジュアルウエアみたいなもので生活の中で楽しまれるべき存在。

だからラベルとか特別な、とかそういうものはない。

個性を知ってそれぞれの特徴を楽しむ。

ワインは値段に正直だから高いものを買えばそれはいいかもしれないけど、イタリアワインの価格は品質と希少性で決まるし、メーカー(醸造元)とか個人の嗜好で選ぶべき。

何がいいかなんて、答えはないのさ。

欲しいもの、その時飲みたいものを買えばいい。

しかもワインの格付け(DOCG)なんてね、アテにならないから。

アレはラベルの保証であって中身が良いって保障ないからね。

***

・・・と語られ、ド素人の私は撃沈。

 

じゃあ何買えばいいのさ。

ってことで、質問を変えました。

「香りが時間の経過とともに変身して、深みがあるけど渋くない、タンニンのきつくないものはどれですか。でもって、希少性が高くてココでしか手に入らないものがいい。」

・・・これが素人の私の精一杯のオーダーでした。

 

これに対して出てきたのがトゥアリータ・シラーでした。

生産数が少なく、カルフォルニアワインに良く似ている為、アメリカ人が買い付けてしまうので日本には殆ど入らないと思うよ、という解説にてこれにしました。

 

先日、そのワインを開けてみましたが、その売り場の店員さんの解説そのままでした。

さすがだなぁと思わず感心してしまいました。

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あんこう鍋名店の"いせ源"さんにたまたま行ってきました!

 

>>休日に歩いて都内をめぐることを楽しみにしているのですが、今日は神田界隈を散策していた際にフと足を止めたくなる佇まいの店舗を発見しました。

その看板には「あんこう鍋」の文字が。

・・・あんこう鍋?

鍋料理を専門で(しかもあんこうオンリー)なんて初めての出会いでした。

看板をよくよく見るとかの老舗"いせ源"でした。

予約も取れない、並んでやっと食べられる・・・という。

ん?でも、今日は並んでない。

お休みか?

と思い、思わず暖簾をくぐり中へ入ってみると、平日やってない時間帯でも休日は通し営業しているということでした。

お昼時間を外していたこともあり、すぐに案内してもらえるということでなんとも幸運にも伝統的な味と対面することが叶いました。

 

入母屋造りの建物も都選定歴史的建造物に指定されており、とても風流な雰囲気も味わえます。

私の母校研究室のあった芸大赤レンガ2号館も選定歴史的建造物に指定されていたので、こういった建物を見ると心に響きます。

 

お鍋はあんこうの身がとても丁寧に下処理されており、伝統の御出汁で煮ていただくスタイルでした。

一通りお鍋をいただいた後にはおかみさんにオジヤを作ってもらいました。

たまごで綴じてたっぷりの葱が散らしてあるオジヤは最高においしかったです。

両親を連れてきたい味(?)だと勝手に解釈して散歩で冷えた体が芯から温まる思いをしました。

 

また、お食事に使われる食材を「本日の主役」として食材の産地を明記した一覧がありました。

それが全て日本の産地であり、それを見ているだけで日本の中の伝統的な料理であることを強く感じました。

日本の中で育まれ、日本の食材を生かして日本の伝統的な料理でおもてなしをする。

しかも、味の決め手である御出汁の取り方については代々その当主しか知ることのできない秘伝とのこと。今日で7代目が受け継いでいる伝統の味とのお話も伺いました。

私も日本の伝統である日本画を志す者としてはこういった文化を理解して継承することの大切さを異分野ながら感じさせてもらいました。

そんな「日本」を感じる名店の神髄を肌で感じるいい経験をした一日でした。

 

ちなみに、座らせていただいた席は日本映画界の重鎮小津安二郎監督の特等席でした(余談)。

 どこを切りとっても絵になるヴェネチア散策をしました。

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>>ヴェネチア在住の友人の案内で、一日中ヴェネチアの街、というか、小さな島や橋を歩いて巡りました。

ヴェネチアは水路と水路の間に所せましと建物が密集しているラグーナなので、気がつけばバスや車、電車の類は全く見ません。

 

移動は水上タクシーかゴンドラ、それか徒歩。

徒歩巡りを主とする私としては、歩くスピードで景色を眺めることがなにより心に響く風景との出会いにつながります。

特にヴェネチアは街自体が美しく、どこを切り取っても絵になると言っても過言ではないほどです。

 

朝方雨がふっていたこともあり、雨上がりの街並みはいつも以上に色鮮やかで輪郭線が鮮明に見えました。

 

ヴェネチアの特徴は橋と教会が多いこと。

 

ヴェネチアといえばサンマルコ大聖堂、リアルト橋が有名。しかし、はるかに多くの橋と教会が大小合わせておびただしい数存在するという友人の説明に、どの街角の家々の隙間からもどこかしらの教会が見え隠れすることを知りました。。。しかも見える教会がその都度違うんです。

 

その多さはン百・・・とのことで驚きです。

 

 

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>>イタリアに来てから昼食と言えばローストしたパニーニばかり食べてましたが、ここヴェネチア名物(?)はシーフードのサンドイッチ。

このしっとりした生食パンにパンパンに詰められたシーフードとサラダの和え物みたいなのが何ともヘルシーでおいしかったです。

この裏路地のど真ん中にあるサンドイッチカフェは地元の人の憩いの場のようで、終始入れ代わり立ち代わり人であふれていました。

 

夕食にはピザの世界大会第2位のピザを食べに連れて行ってくれました。

2位を強調するのは、なんと、1位は日本人が取ったからだとわざわざ説明されました。(たしか表参道の・・・。)

 

え?ちょっと、本場としては悔しくないの? 

と聞くと、「いやいや、自国以外の外人がこんなにピザを愛して研究して味を究めるなんて嬉しいことじゃないか。 」という。

それなら次は負けないようにもっとおいしいのを作るだけさ、となんともポジティブ。

そこで、お肉をあまり食べない私に合わせたオリジナルピザ・・・マルゲリータの上に大好きなルッコラとパルミジャーノレッジャーノを蒔いたサラダ風のものを焼いてもらいました。

 

 

105318.jpg >>ヴェネチア最後の夜に友人とたくさんおしゃべりをして、別れを惜しみました。

絵画に音楽、彫刻に建築、伝統的なものも新しいものもたくさん見ました。

人の手でラグーナに土地を作り上げて、積み木を積んでいくようにして作った街。

思えば庭なんかない。植物を植えて眺めて楽しむなんてそれは贅沢なんだとか。

合理的でコンパクトな土地活用と設計。

使えるものは使う。古きを生かす。

世界最古のゴンドラの修復工房もよかった。

「ヴェネチアは芸術の宝庫、感性を養うには最適だっただろう?」と友人は言った。

 

別れ際に「世界のどこかにこうやって心の通う友達がいるということは人生において何にも代えがたい財産なんだよ。」とハグをしてくれました。

 

生きてく上で、何かを支えにする。

自分が孤独であると思ってしまう、ふとした闇に包まれそうになった時に思い出すといいという。

 

「マリコ、いつまでも君は君のままで変わらずいてほしい、その性格と明るさを失わず、また会う日まで、10年後も20年後も友達でいよう!」と言われて涙が出ました。

 

どこの世界においても友人とはかけがえのないものです。

 

 

ヴェネチアに滞在する一番の理由は、ヴェネチア在住の友人と会い、フェニーチェ劇場(Teatro La Fenice)に行くことでした。

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>>TeatroLa Fenice

フェニーチェのヴァイオリニストである友人との出会いは12年前でした。

2001年のフェニーチェ日本公演の際に芸大の音楽学部を案内したことをきっかけに、交友が始まりました。

私のことを「チッチャナマリ、ムスメ」と言って可愛がってくれました。

・・・当時26歳だったのですが、16歳くらいに見える(!)と言って、自分の子供のようだと言っていました(笑)。

 

それから日本公演の度にアテンドしていました。

その時からの約束で「いつかヴェネチアを案内するのはボクだからね!」というのを今回実現したのでした。

フェニーチェはイタリアオペラの歴史上とても重要な劇場です。

 

 

 

1128461.jpg有名なオペラの初演はまずフェニーチェからでした。ロッシーニやヴェルディが有名です。

特にヴェルディの「椿姫」(La traviata)はフェニーチェの十八番でもあります。

 幾度とない火災により再建を余儀なくされた劇場ですが、古典的な装飾や内部の修復と復元は見事なものでした。

 

 

>>このバルコニー席からの眺めの荘厳さは圧巻でした。

 

 

そしてフェニーチェ劇場の内部(裏側)も特別に連れて行ってもらいました。

衣装制作アトリエ、リハ室、パーティールームから舞台装置のある緞帳の内側まで見せてもらいました。

フェニーチェは衣装から装置、楽団員までその全ての職員が自前なのです。

 

彼の属するフェニーチェ楽団(オーケストラ部)は全部で180人いるそうで、毎日何かしらの公演が劇場では開催されているのですが、演奏者は交代制ということみたいです。

 

 

 

 

 

 

 

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>>この日の講演はオーケストラでした。

夕刻よりこの演奏会に招待してもらいました。

きらびやかに正装した人がたくさんいてまるで絵本でみる舞踏会の様でした。

 

曲目はArvo Partの"Cantus in Memory Benjamin Britten per orchestra d'archi e campana"(カントゥス-ベンジャミン・ブリテンの思い出に、か?)

チャイコフスキーの"Variazioni su un tema rococo par viorincello e orchestra in la magiore op.33"(ヴァイオリンチェロによるロココ風の主題による変奏曲ラ長調作品33、か?)

ストラヴィンスキーのペトルーシュカ(バレエ音楽)というラインナップ。

現代曲から古典作品、有名な曲までバランス良くプログラムされて終始飽きずに聞いていました。

ペトルーシュカは「のだめカンタービレ」で同じみになった、NHK「きょうの料理」のオープニングテーマに似ているという曲です。

 

特に、2曲目のチェリスト(ソロ奏者)は幕間にアンコールが。

アンコールは大好きなバッハの無伴奏チェロ組曲からでした。

 

 

 

 

12年目の約束・・・本場フェニーチェのバルコニーからオーケストラを聞く夜が来るなんて、12年前だって、つい最近だって想像だにできなかったので感無量でした。

 

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 >>豪華列車「ヴェニス・シンプロン・オリエントエクスプレス」にてフィレンツェ~ヴェニスを移動しました。

 

予てより一生に一度は乗ってみたいと思っていた憧れの列車。

アガサクリスティの推理小説にも登場するあの列車。

食堂車もバー車両もある。

ドレスコードだって決まってる。

 

そんな夢が叶ってしまう日がこんなに早く来るとは思っていませんでした。

 

 

 

 

 

フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅にて列車を待つこと30分。

他のホームにはフェラーリが作った新幹線なんかが並んでおり、現代的な雰囲気の駅。

それを押し破るかのように悠然とそのクラシックな姿を現した。

その姿が近づくにつれ、駅で列車を待つ地元の人たちも「おぉ!」とそれぞれカメラを構えてオリエント急行に近寄るところをみると、現地でもこの列車は珍しいものらしい。

 人だかりができて一時大撮影大会のようになりました。

 

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 >>客室は1キャビンを用意してもらったので、一人で一部屋使いました。

ベルベットのソファー、装飾のある調度品、各部屋に小さな洗面所とミニバーが備え付けられてる。

クラシックで上品。

そしてすべてのアメニティや調度品にはオリエント急行のロゴ・紋章が入っている。

 

 

何とも言えない贅沢空間でした。

 

 

 

 

バー車両にはグランドピアノもあり、生演奏が絶えず流れていました。演奏者はこの道20余年のベテランピアニスト。そこで一杯飲んでいると日本人のお客様だとわかった途端に、日本の曲をいくつか奏でてくれました。 

 

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 >>お食事は食堂車にてコース料理をいただきました。

 キャビンスチュアートさんが付き、お世話をしてくれます。

ドレスコードはフォーマル指定だったので、他のお客様は蝶ネクタイやドレスの方も!

 お食事は大変おいしかったです。

それにしても食器が全てオリジナルでオリエント急行のみで使用されるものでそれもびっくり。

お皿やカップ、スプーンやフォークまで全て紋章入りでした。

 

ヴェニスまでのディナートリップはあっという間でしたが、夢のような時間でした。

 

 

 

 

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 フィレンツエの街を見下ろすあの「ザ・フィレンツェ」な景色が見える場所に行ってみました。

フィレンツェに到着した翌日の朝はあいにくの雨模様でしたが、しばらくすると雨も止み、日差しが見えてきたのでこれ幸いと傘も持たずに出かけました。

 

ホテルはサンタ・マリア・ノヴェッラ駅のすぐそばでしたので、そこのタクシー乗り場からタクシーでアルノ川をはさんだ市街地の対岸にある「ミケランジェロの丘(Piazzale Michelangelo)」まで行きました。

 

イタリアでタクシーに乗るのは初体験でしたので、とりあえずイタリア語で行き先くらい言えるように何度も練習してからいざ乗車。

運転手はジェイソン・ステイサムのようなカッコいいナイスガイなお兄さん。

まさにトランスポーター状態でした。

フィレンツェの街中は一方通行が多く、細い裏路地を抜けるようにして丘へ駆け上がりました。

 

 

>>ミケランジェロの丘から見下ろすフィレンツェの街並みは精巧にできた小さな模型をみているような気分でした。

雲の切れ間から光が差し込み、西洋絵画にあるような乾いた空気感の遠近法のような風景が目の前に広がっていました。

 

さて、丘からの帰り道ですが、観光地と言うよりも見晴らしの良いだだっぴろい高台という感じで、路線バスもタクシーもなさそう。

時間もあることだし、ゆっくり歩いて探検しました。

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その街歩きで見つけた居住区と歴史地区の混在したエリアはとても楽しいものでした。

 

 

 

 

>>Porta San Giorgio

フィレンツェの歴史地区には城壁が残っていて、このような門のような関所を何か所か見つけることができます。

左岸はとても急坂の多いエリアなのですが、そこをセッセと登って城壁に沿って歩くととても面白かったです。

 

 

歴史地区内の地元のエノテカ(酒屋・バー)でお昼にローストしたパニーニとしぼりたてのオレンジジュースをいただきました。

そしてイタリアワインのウンチクを少々聞きました。

 

フィレンツェにはフェラガモの本店があるので帰り道で寄ったのですが、その本社兼工房はスピーニ・フェローニ宮殿という古城を改築したものでもありました。

大きな石造りの本店はブティックだけではなく博物館も兼ね備えていました。

ファッションの本場イタリアに来てから、ブランドもファッションもそれらのものが歴史に裏付けされた伝統の一部であるということを感じることが多々ありました。

ウフィッツィ美術館のミュージアムショップ限定品のボッティチェッリ柄(プリマベーラやビーナスの柄をレイアウト)のスカーフもそういえばフェラガモ製でした。